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シャルル ( Jacques Charles 1746-1823フランス ) 

 シャルルはBeaugency Loiret in Fransu で生まれる。 フランス財務大臣の秘書をしていたが、科学、電気に係わる実験に興味を持ち、幾つかの発明をしている。 独自の液体比重計( hydrometer )、
測角器( goniometer )の開発、またGravesand日光反射器( heliostat )およびFahrenheit
気量計( aerometer )の改良を手掛けている。
 
 中でも1787年に著わされた、後世に「シャルルの法則」で知られる気体の基本法則、一定の圧力下においては、一定重量の気体の体積( V )は絶対温度( T )に比例するとした、V/T=k( 一定値 )「シャルルの法則」である。

 シャルル自身は、実用化学、物理学者で前者の各種装置は若い時に学んだ電気の応用であり、後に述べる空を飛行する気球も「シャルルの法則」と無関係ではない。 シャルル はイギリスの科学者Henry Cavendish( 1731-1810 )が1766年に発見した空気より14倍も軽い水素( hydrogen )についての知見はあった。  水素は、当時、炎のガス ( Flammable air)、フロジストン( phlogiston : 古化学では熱素、燃素 )また水成(性)ガス ( water gas : 戦時下の旧海軍省でも燃料不足補う研究がされていた)等と呼ばれていた。

 Montgolfier兄弟、Joseph Michael(1740-1810)とJacques Èstienne( 1745-1790)が1782年、国王 ルイ16世とMarie Antoinette が見守る中、フランスのAnnoneyで今で言う熱気球(後に、熱気球はthe balloon of Annoneyと呼ばれる)で高度3000feet、距離1.5 milesを飛行する。 シャルル はAiné Robertsと共同で、Montgolfier兄弟のthe balloon of Annoneyを、気密した風船に置き換え、Henry Cavendishが発見した水素を詰め、大空を舞うことを考え、1783年に飛行に成功する。 場所は現在のエッフェル塔( Eiffel Tower )が建つthe Champs de Marsで多くの群集が見守る中で試行された。 群集の一人がこれが何に役立つのかねと尋ねたところ、そこに居合わせた77歳の老人Benjyamin Franklin が優雅に一言、「新しく生まれてきたこの赤ちゃんが何をするかって?」と聞き返したそうです。 Benjyamin Franklinは米国が独立戦争の最中に、フランスに戦争の資金援助のため米国特使(1776-1784在仏)として来仏していた時のことでした。 

 シャルルは1795年に「 the French Académie des Sciences 」の正会員に選出され、また「 the Conser vatoire des Arts et Métiers 」の実験物理学 ( Experimental physics )の教授となる。

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